0. 前日の夜、紅魔館

── The border land will be wrapped in Scarlet Magic.


 その日、咲夜は朝から忙しかった。
 もちろん紅魔館で「朝」といえば、日が沈む直前〜直後あたりの時間帯のことである。
 家政婦長である咲夜はその少し前には起きて、紅魔館中を見回り、普通の人間が生活している時間のうちに必要な買い出しをし、日が落ちたら館中のカーテンを開け、朝食の準備をして、頃合いを見計らってレミリアとフランドールを起こす、というのが日課である。ちなみに、パチュリーはたいてい起きているか、自主的に寝坊してるかのどちらか。美鈴も自主管理。しかしながら勿論、二人への挨拶と朝食の案内は欠かせない。
 そう、通常であっても忙しい毎日だ。
 その日も咲夜はいつも通りに起床した。そして朝食の準備をしているときに、レミリアの訪問を受ける。彼女は寝間着姿のまま廊下を小走りにやってきて、一度通り過ぎ、慌てて引き返して、開けっ放しの厨房の入り口から顔をだした。
「咲夜、あれはもう準備出来たの?」
 会って最初の言葉がそれだった。
「おはようございますお嬢様、お目覚めでしたか。朝食は今しばらくお時間頂きますが」
「あごめん、おはよう咲夜。あーもうそうじゃなくて!」
「?」
 咲夜は首を傾げた。朝食以外に、準備を言いつけられていたものなどあっただろうか。
「すいません、何のことを言われてます?」
「『スペルカード』よ」
 幼い吸血鬼は寝間着姿のまま腕を組む。
「他に何があるというの?」
 ちらり、と視線を、咲夜から外して天井付近にやる。恐らく壁の時計を見たのだろう。
「いい、絶対明日までに用意するのよ? 紅魔館の名に恥じないとびきり素敵なやつをね!」
 そう言ってレミリアはびしっ! と咲夜を指さし、来たときと同じように小走りに去っていった。
 あとに、呆然とした家政婦長が取り残される。


「やっぱり、咲夜のところにも行ってたのね」
 パチュリーはくすくす笑いながら、配膳してくれている咲夜からサラダプレートを受け取った。
「ということは、パチュリー様のところにも?」
「ええ。ついさっきね。咲夜の次あたりじゃないかしら」
 いいつつパチュリーは、厚切りのトーストにバターを塗る。
「多分、美鈴にも言いに行ったでしょうね」
「何を思いついたんだか……」
 コンソメスープをカップに注ぎながら、咲夜はため息をつく。
 いったい、昨日の憂鬱さはどこへ行ってしまったのか。
「スペルカードルールってあれですよね、最近流行ってる決闘方法」
「流行ってるかどうかは知らないけど、」
 パチュリーはぱく、とトーストにかじりついた。
「小悪魔も知ってたくらいだから、きっとそうなんでしょうね」
 ──レミリア達が妖怪の山の前で起こした一悶着、「吸血鬼異変」と呼ばれている騒動の少し後のこと。幻想郷において、ひとつの決闘ルールの提案があった。
 古来、人間と妖怪は「襲われるもの、襲うもの」あるいは「退治するもの、されるもの」という関係だった。ここ幻想郷においてもその原則は変わらないが、ひとつ違うのは、ここに住む妖怪は、既に人間を「食料」としてはいないということだ。
 それは妖怪側から設けられた戒めであり、幻想郷の維持には人間が欠かせないためだ、と言われている。
 つまり人間の数を減らすことは、妖怪にとって自殺行為になってしまう。ゆえに襲うにしても、今では道を迷わせたり怖がらせたりといった精神的なものばかりで、自然と人間も、妖怪を退治するというよりは「懲らしめる」というレベルで納まってしまっている。
 一見平和で良いことのように見えるが、例えば妖怪の弱体化など弊害もある。吸血鬼異変は、その弊害を分かりやすい形で見せてくれた。
 そのため、「より明確に、かつ気軽に、人間と妖怪の間で勝敗を決するルール」を望む声が大きくなったのだ。
 そういったルールについては、これまでもいくつも提案はなされていたもののあまり普及していない。それらと比べて今回目新しいのは、直接力の優劣を競うものではない、というところだ。
 競うのは主に派手さや綺麗さ、見た目や動きの美しさ。
 仕掛ける側は、予め決めておいた「技」を仕掛ける。技は妖力、霊力、魔法、道具、もちろん自分自身の身体能力、そのほか何を使っても構わない。仕掛けられた側はその「技」に対抗しつつ、仕掛ける側が提示した「勝利条件」を満たせば良い。
 勝利条件とは例えば一定時間「技」に耐えることだったり、「技」を避けつつ決められた回数の攻撃を仕掛ける側に当てることだったりといった具合だ。満たせられれば仕掛けられた側の勝利、満たせなければその逆というわけである。
 しかしながら前述の通り、この勝負の肝はその勝敗よりも「技」そのものにある。
 そしてその技には、術者が名前を付け、あらかじめカードに記述しておかなくてはならないという規約があった。名前を付け、それを文字にすることによって、妖怪にとっては契約と同じだけの強制力が生まれる。故にこのルールは命名決闘法、あるいは「スペルカードルール」と呼ばれていた。
 一説によればこの案は、妖力を自在に操る妖怪の側から提案があったとも、湖畔の花火大会に着想を得たとも言われているが、提案者の巫女──博麗神社の当代──はあまり、由来等の裏話を語りたがらない。しかし巫女本人が妖怪退治の専門家であることや、提案自体が妖怪にとって受け入れやすかったこと、何より「美しさを競う」というアイディアが斬新だったこともあり、徐々に──特に若い妖怪や女性の妖怪を中心に──幻想郷中に広まりを見せていた。
「まあそうはいっても、実際のところは『じゃんけん』の代わり、位の使われ方みたいですよ」
「それはほら、使う側の力量に依るからじゃないかしら」
「ああ、そうかも知れませんね」
 食器を並べ終えた咲夜は、最後に調味料のトレイをテーブルに乗せる。
「まあ、用意しないと文句言われるんでしょうね。ちょっと、ヒマを見て考えてみます」
「まじめに考えといた方がいいわよ」
 意外な返事が返ってきて、咲夜は思わず手を止めた。パチュリーはレタスサラダに岩塩を振りかけている。
「……何か、ご存じなんですか?」
「レミィが何をやろうとしてるか、ということは知らないけど」
 レタスをフォークで突き刺しながら。
「あの子が突然何かを言い出した時には、それに従っておいた方が良いことの方が多いわ」
「はぁ」
 釈然としない、が、レミリアとのつきあいが長いパチュリーのことである。きっとそうなんだろう。
「単なる思いつきで行動されてるのかと思ったら、意外とそうでもなかったんですね」
 パチュリーはスープカップを手に持ったところだった。飲もうとしたところを中止し、くすくすと笑う。
「レミィの普段の行動の九十五パーセントは、単なる思いつきよ」
「……」
 いったいどっちなのよ、と咲夜は、口に出さないようにつぶやいた。
「ああ、こんなところにいた!」
 バタンと乱暴にドアが開けられ、ピンク色の少女がずかずかと入ってきた。噂をすればというやつである。
「あ、お嬢様。呼んで下されば伺いましたのに」
 咲夜が振り向きながら言った。
「お代わりですか? いつもと同じ量をお出ししたのですけど」
「朝食は美味しかったわ、ごちそうさま。だからそうじゃなくて!」
 レミリアはぶんぶんと手を振ってから、その手をポケットに突っ込み、ごそごそと探って何かを取り出し、それを咲夜の方にぽいっと放った。
「?」
 その「何か」は真鍮色にランプの光を反射しつつ、放物線を描いて──実際、短い紐のようなものがついていて、空中に放物線を描いた──待ち構えていた咲夜の両手に納まる。思ったより重量感があった。ひんやりとした硬質の感触が手のひらに伝わってくる。
 手を開いてみると、それは丸い、球を平たくつぶしたような形をしていた。手のひらにすっぽり納まるサイズで、細い鎖が一本ついている。
 ぱたんと上ぶたを開けると、クリスタルガラスの下には三本の針が、角度を違えて止めてあった。十二の印が円周上に等間隔に並ぶ白い円盤、その中央のピンに留められて、細く長い針、それより少しだけ太く少しだけ短い針、一番太くて短い針が重なるように、思い思いの角度で納まっている。
「これは──懐中時計?」
「元、ね。拾ったのはずいぶんと昔だけど、手入れしたら今でも動くのかしら」
 レミリアの言う「ずっと前」とは、いったいいつのことだろうか。
「それで、これを……修理に出せということでしょうか?」
「咲夜はずっとそれを持っていなさい」
 紅玉の瞳の少女は咲夜の問を遮った。
「片時も肌身離さず。いい?」
 それだけ言い放つときびすを返した。廊下に出るなり九十度進行方向を変え、すぐに見えなくなる。
「あ、それから!」
 ぴょこっと顔を出した。
「スペルカードの用意、絶対忘れないのよ!」
 またすぐ引っ込む。ぱたぱたぱたという急ぎ足の足音が聞こえなくなるまで、そう長い時間はかからなかった。
 咲夜が我に返ったのはそのしばらく後、くすくすくすという魔法使いの笑い声が鼓膜に届いてからである。
「これもまた、従っておいた方がいいんでしょうかね」
「ええ、きっとね」
 パチュリーは笑いながら、スクランブルエッグをフォークですくった。
 咲夜は右手で懐中時計の鎖をつまみ、顔の前につり上げてみる。真鍮のケースに新品の輝きはなく、曇っているうえに細かい傷が無数についていた。とはいえカビはついておらず、また目立つような大きめの傷もない。しかし、大きなクリスタルガラスはまるで雪解け水のように清んでいて、回転にあわせて周囲の光という光をつるりと反射して見せていた。
 長い年月を経ても輝きを失わないとは、いったいどういう品質だろう、よっぽど良い保存状態だったのだろうか?
 ──いや。
 鎖につるされて、目の前でくるくると横に回転する懐中時計をみて、咲夜は思い直した。
 少なくともこのガラス面は、最近誰かが拭いたものだ。しかも、丁寧に。
「気に入ったみたいね?」
 コンソメスープの入ったカップを両手で包むように持って、口元にあてている魔法使いに、咲夜はええ、と答えた。
「お給料ですね、ここにきて初めての」
「レミィが何かをはじめた時には」
 パチュリーは少しだけカップの中身を口に含んで、それからまた話し出す。
「思いつきも含めて、必ず何か理由があるの。もちろんその理由は『レミィにとって』のもので、本人以外には何の意味もなかったりすることが大多数なんだけど」
「それってつまり……」
「ええ、子供の行動だわ。でもね」
 パチュリーはカップをテーブルに置き、厚切りトーストを手に取る。
「レミィの能力、知ってるでしょ?」
「……運命を司る能力、でしたっけ?」
「ちょっと違うけど、まあそのようなもの」
「ということは、」
 咲夜はちらり、と、レミリアの部屋がある方向に視線を走らせた。
「お嬢様の行動は全て、運命を変える力がある……とか?」
「……昔々、あるところに、」
 パチュリーはトーストを半分に裂いた。咲夜の方はまったく見ない。
「一匹の猫が居ました。真っ黒な黒猫。黒猫はさいころと一緒に箱の中に入れられます。箱は完全な防音。ふたを閉めてしまったので、中で何が起きているかは分かりません。黒猫は箱の中でさいころを動かしたのでしょう。しばらく経って箱を開けてみたら、さいころの目は四でした」
 一口だけ口に含む。
「箱の中にもう一匹、黒猫と一緒に今度は白猫を入れます。もう一度ふたを閉めて、しばらく経ってから開けてみたら、さいころの目は六でした。さて、」
 パチュリーはちらり、と咲夜を見た。
「白猫は、黒猫の運命を変えたでしょうか?」


 魔法使いという人種は、どうしてこう、何でも難しく言いたがるのだろうか。
 咲夜はそう思いつつ、でも本人はきっと、その方が分かりやすいと思っているのだろうな、と独りごちた。やはり人間とは別の種族であるらしい。
 おそらく……、と、咲夜はパチュリーの意図を分析してみる。
 さいころの目を四から六に変えたのは白猫かも知れないし、黒猫が自分で変えたのかも知れない。白猫が居なかったら二になっていたかも知れないし、やっぱり六なのかも知れない。例え猫と会話が出来たとしても、真っ暗闇だったら、最後にさいころにさわったのがどっちの猫かは、本人(本猫)たちも分からない。
 つまり、出会いによって運命が変わったかどうかを確かめる方法はない、ということが言いたいんだろうと思う。
「じゃあ誰が命名したのよ、そんな能力……」
 銀色の配膳ワゴンを押して、家政婦長は廊下を進む。咲夜は頭を振って、答えのでない問いを追い出した。今朝はついパチュリーの部屋に長居をしてしまった。早くお嬢様と妹様の部屋を回って食器を回収し、例の「吸血鬼異変」以来定期的に届けてもらえるようになった「食料」の受け取り時刻までに、残りの仕事を進めなければならない。
「……スペルカード、か」
 その「残りの仕事」には、それも含まれている。
 詳しい話は美鈴に聞けばいいかな、と咲夜は思った。確か、妖精たちが暇つぶしに襲撃に来るのを、このルールで迎撃していたはずだ。愛想も人付き合いも面倒見も良い美鈴は、よく子供たちのおもちゃになる。本人もそれはまんざらでもなさそうだ。
 しかし咲夜も一応、概要くらいは知っている。
「要は、見た目が派手な攻撃なら何でも良いのよね。それにもっともらしい名前をつけて、カードに書いておけばいい、と」
 とは言うものの。
「……見た目が派手な攻撃……苦手だわ」
 紅魔館へ来る前の彼女は、どちらかといえば隠密行動の方が得意だった。わざわざ姿をさらす時は、陽動や、相手の油断を誘う意味合いが強い。レミリアと演じた大立ち回りは本来の彼女の戦闘スタイルでは無かった。
「……だってあの時は、もともと初弾で仕留めるはずだったんだもんなぁ」
 上目遣いに天井を見上げ、肩をすくめる。
「ああ、でも、そっか。あの時やったことを思い出せばいいのか」
 自分がやったことだけでなくとも、お嬢様や、あの式神の攻撃も参考にはなる。確かに、満月を背景に夜空を彩る弾幕攻撃は美しかった。
「……ああ、そういえばー」
 唐突に思い出して、軽く自己嫌悪に陥る。レミリアと式神の戦闘が終わったあと、頭に血が上ってしまい、つい蛇足のような挑発行為をしてしまった。
 あの頃はまだ、妖怪同士の「腕比べ」がどういうものか、よく分かっていなかったのだと今なら思える。
「今考えると、あれも決闘ルールみたいなものだったんだろうなぁ」
 その割には生死ぎりぎりの戦いだった気もするけど、見た目の印象はあてにならない。レミリア級の大妖怪が本気で殺し合う場面など想像もつかないからだ。
「あの妖怪、覚えてるかなぁ。根に持ってるかなぁ……」
 次に会ったら知らないふりをしよう。咲夜はそう決めた。所詮は妖怪、人間の顔など覚えていないだろう。初めて会ったふりをしてとぼければ何とかなるはずだ。たぶん、きっと。
「……ま、その時はその時よね」
 ふと、先程レミリアに貰った懐中時計のことを思い出した。
「そっか……『ここ』なら、時止めの能力も隠す必要はないんだわ」
 よし。時間停止をからめた攻撃もスペルカードに盛り込もう。ナイフ投げと組み合わせて、二、三種類くらいは作れそうだ。
 そう言えばお嬢様は、「紅魔館らしいのを」というようなことを言っていたっけ。
 ということは。
「……紅魔館の住人以外に見せるつもりなのかな?」
 であれば、彼女の技をアレンジしたような攻撃も、バリエーションとして取りそろえたほうがいいだろうか。
「うん、その方が統一感が出ていいかもね」
 実は幻想郷に来てから、パチュリーに少しずつ教わっているものもあった。今ではナイフだけでなく、レミリアのような光弾を撃つことも出来るようになっている。まるで童話かマンガのような話だが、それを言ったら、そもそも吸血鬼や魔法使いと一緒に住んでいるほうがナンセンスだ。
 ……もしこの場にお嬢様かパチュリー様が居たら、時を止めて空を飛ぶような人間が何を言うか、と突っ込まれただろうな。咲夜はそう考えて目を細めた。
「まったく、笑い話にもならないわ」
 吸血鬼や魔法使いだけじゃない。悪魔や妖精、妖怪に妖獣。見たことはないが龍や死神もいるらしい。空想上の生き物や人物がここには普通に生活している。
「でも、偏ってるわよね」
 場所柄か、日本に縁(ゆかり)のあるものがほとんどである。吸血鬼や魔法使いはかなり希(まれ)だ。
「なぜ、狼男とかフランケンシュタインの怪物とかは居ないのかしら」
 そしたら、お嬢様とセットで良い感じなのに。
「……幻想郷、か」
 咲夜は改めて思う。ここは、外の世界では「異端」とされる存在にとってかけがえの無い、奇跡のような場所だ。
 だからこそここの住人は、こんなルールを作ってまで維持しようとするのだろう。だから咲夜は、このルールを「子供の遊び」と笑い飛ばすつもりはない。
 きっとこれは、儀式なのだ。
 日常の中に織り込まれた、息をするような、瞬きをするような、無意識のうちに日々折り重なる、幻想郷ならではの、ばかばかしくも大まじめなお祭りのような儀式。万物に神や精霊が宿り、生活と祭事が切り離せないこの国、日本ならでは、とも言えそうだ。
 咲夜はだんだん楽しくなってきた。彼女はレミリアに言われたからでも、パチュリーに忠告されたからでもなく、心から、真剣にスペルカードを作ろうと決めた。
「でも、それならそれで──」
 もっと大々的に広まるといいのに。
「……ん?」
 ふと気付いて、咲夜は窓から外、紅魔館の裏手にある庭園へ視線をやった。
 そこにはレミリアがいた。
 既に日が沈み、外は暗闇が支配する世界になっている。レミリアは一人で庭園を歩いており、裏口から外へ出るところだった。
「……」
 咲夜は、その先に何があっただろうかと考えた。小道の先は森で、すぐ湖に出るはずとは思うが……
「あ、」
 思い出した。あの方向、すぐ近くに、古い建物の一部か何かが遺跡のように残っていたはずだ。ここへ来てすぐに見つけたものの、忙しさに紛れ、いつか見に行こうと思いつつすっかり記憶からこぼれ落ちていた。
 どうしよう、ついて行くべきか。
 咲夜は逡巡する。しかし、レミリアが声をかけなかったのだ。その機会はあったはずなのに。ということは恐らく、自分が行く必要の無い用事なのだろう。家政婦長はレミリアの周辺に重点的に気を配りながら、残りの仕事をすることにした──
「……」
 ふと気付いて、咲夜はもう一度、レミリアが居る方向へ顔を向けた。
「──歌?」


 目を開けるその瞬間まで、見えていた景色がある。
 よくあることではない、が、そんなに珍しいことでもない。恐らく人間が言うところの、「夢」というのがこれに近い。ただ「夢」とは、人間の話によると、過去の出来事だったり、未来の予知であったり、見るものの願望であったり、恐れであったり、親しい他者との交信であったり、全く知らないものとの邂逅であったり、あるいはそれらとは全く関係がなかったりと、多種多様であるらしい。
 であればやっぱり、これを「夢」と呼ぶのは適切ではないだろう。
 レミリア・スカーレットは小径(こみち)を歩いていた。
 もともと紅魔館は、森の一角を無理矢理切り開いて建てた(?)館である。裏口を出るとすぐに、暗い木々の間を通ることになる。
 ここは湖の中央に浮かぶ小島なのだから、森を抜けた先は当然湖岸だ。しかし裏口から出た先には、湖へ至る途中で、少し開けた所に出る。
 石畳と、大きな石板が綺麗に並べ敷き詰められている、古い場所だ。
 石板は正方形に切り出されたパネル状のもので、自然に刻まれたものなのか、あるいは故意かは不明だが、一枚一枚にレリーフのような模様が刻まれていた。もともとは平らに並べられていたのかも知れないが、今では石板と石板の合わせ目から草が顔を出し、またいくつかの石板は割れていて、とても平坦とは言えない。
 そうやって作られた石畳の広場の脇には、煉瓦で出来た建物の一部が無残な姿を晒している。
 既に長年の雨風に晒され風化も進んでいるので、作成途中で放棄されたのか、あるいは完成後に崩れた、または壊されたのか、はっきりしない。周囲には建材と思われる煉瓦や花崗岩のブロックが無造作に積まれている。
 その横には、傾いた石碑があった。
 背の低い、上面がなだらかなアーチを描くものや、太い十字架状のものなど、多種多様の石碑たち。土がかぶり半分以上埋もれているものばかりだが、いずれもその前面には、何らかの文字を刻んだ跡が見える。
 レミリアは目を閉じた。
 ここには、いろいろな「もの」が詰まっている。
 もちろんそれは、レミリア自身のものではない。レミリアが紅魔館を──移転する前の紅魔館を居城に決めた時には、既にあったものだ。
 いったい何を目的に造られ、何が起き、結果どうなったのか、全く記録も残っておらず、想像するしかない不思議な場所だ。
 本来は紅魔館とは少し離れた場所にあったが、レミリアはパチュリーに頼んで、一緒に幻想郷に持ってきて貰った。そのことに美鈴は気付いているかも知れないが、多分咲夜は知らないだろう。
 紅魔館に居を構える以上、この場所を切り離すことは出来ない。それは自ら課した義務に反する。
「──……」
 目を開けるその瞬間まで、見えていた景色がある。
 それは今日、この場所から始まり、明日、この場所で終わる。
 レミリアは目を伏せたまま、ゆっくりと息を吸い込んだ。横隔膜が下がり、肩が開く。肺にたっぷりと、湖面を渡り森林で浄化された新鮮な空気が送り込まれた。
 今度はそれをゆっくりとはき出す。意識して腹筋に力を入れ、お腹と背中がくっつくのではないかと思われるくらいに体中の空気を追い払う。
 一回、二回と深呼吸をして、最後にふう、と、普通に息をついた。
「……」
 妖怪は全て、何らかの能力を持っている。
 それはその妖怪の種族を超え、それ自身を意味づける、存在意義と言っても良い「二つ名」だ。
 幻想郷に住まうものは皆──一部の人間でさえ──、この「能力」を定め、明記し、名乗っていた。
 レミリア達紅魔館の住人も、この慣例に習うことにした。といっても、今まで持っていた能力を言葉にして明確化しただけだが。
 例えば美鈴は「気を使う程度の能力」。門番としても、いち個人(個妖怪)としても、周囲によく気を配り、よく気がつき、そして妖怪では珍しく「気」を練ることが出来るところから命名されたものだ。
 例えば咲夜は「時間を操る程度の能力」。そのまんまだが、もともと彼女は──紅魔館に、幻想郷に来るまでは──その能力を公言することを避けてきたのだ。あえてその能力を名乗るということは、彼女なりに考えた末の、ひとつの覚悟だろう。とはいえ今ひとつ、積極性に欠けるきらいがあるから、背中を押してやる必要がありそうだ。
 パチュリーは「火+水+木+金+土+日+月を操る程度の能力」と名乗ることにしたらしい。「あらゆる属性を〜」としなかったところが、最後に「月」をもってきたところが彼女らしい。一方で、長い名前をつけてしまったが故に、名乗っている最中にむせて咳き込んでしまうところも、何とも彼女らしい。
 ちなみに、図書館の司書の小悪魔は、まだ決めていないと言っていた。何やら格好良くて響きが美しくて、それでいて優雅さと力強さを兼ね備え、聞くものに畏怖と尊敬の念を与えるような壮大な名前を考えているらしい。
 それを聞いたパチェが、「超弩級神羅覇王羅刹斬・零式を放つ程度の能力」とでも名乗ったらどうだと言っていたが、もう少しエレガントでウィットに富んだ名前がいいと言っていた。あの子にも咲夜同様、名前を付けることの意味を教えてやるべきなんだろう、とレミリアは思うが、上司であるパチェの判断に任せることにした。
 そして、レミリアとフランの場合。
 語呂を良くするために言葉を選んでくれたのはパチュリーだが、彼女たちにはもともと、名乗るべき能力とその通り名を持っていた。
 フランは「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」。
 その名の示す通り、フランドール・スカーレットにはその能力がある。何故姉妹なのに、姉には無く、妹にのみ備わっているのかは分からないし、そのことについて深く考えようという気が不思議と起きない。ただ言えることは、その能力故に、フランは紅魔館から外に出たことがない。
 否、外に出せない。
 フランに、その能力をコントロール出来るだけの自我と意識が備わるまではそうしておこう、と、レミリアとパチュリーが相談して決めたことだ。
 そして。
 「運命を操る程度の能力」というのが、彼女の、レミリアの能力の名前だ。
 正直言って、どんな能力なのか自分でもよく分からない。能力の量も影響の強さも、判断できないとパチェに言われた。フランのように分かりやすい能力だったら楽だったのに、と思ったことも何度もある。誰が見いだし、誰が名付けたのか、不思議なことに記憶がない。
 概ね分かっていることは、出会った他者の運命に、少なからず干渉しているだろうと言うこと。
 しかしながら、時の流れは巻き戻せない。分岐も出来ない。レミリアに会ったから、会わない場合と比べてこう変わった、等と、はっきりしたことを言える人物などひとりもいない。いる筈がない。
「……」
 やめよう。
 このことを考えだすと、頭が痛くなる。記憶の沼に深く沈んだ何か黒いものが鎌首をもたげ、それを押さえ込もうとする何某かの力が衝突する、そんなイメージが脳裏に浮かび、同時に、そのイメージすら「思い出すな」と命令する声が聞こえてくる。
 レミリアは再度、深く深呼吸をする。
 首を左右に振って、意識をシャッフルした。
 確かに分かっていることは、レミリアと出会ったために「運命が変わった」という感想をもつものが、少なからず居たと言うことだ。
 しかも彼らは一様に、奇妙な方向に変わったという印象を持っている。
 ふと、レミリアは思い出す。
 物心ついてから数百年ほど経ったある日、とある人間から面白い話を聞いた。
 奇妙な出来事に遭いやすい人間の話だ。
 普通に生活していれば出会わないような、出会っても一生に一度あるかないかという珍しい出来事に、頻繁に、毎年、毎月、毎週のように出会うのだという。そして必ず、中心的な役割を果たして事件を解決へと導く。
 もちろん(と、話を聞かせてくれた人間は前置きした)、想像上の人物だ。
 レミリアはまぶたを閉じたまま、笑みを浮かべた。人間とは面白いものだ。どのような思索の果てに、そんな荒唐無稽な想像に辿り着いたのか。恐らくその身の有限さ、矮小さと、それに似合わぬ──いや、だからこそ、なのか──想像力の肥大さがもたらした相乗効果なのだろう。
 だけれども。
 こう考えることは出来ないか。その想像上の人物とは、無意識のうちに奇妙な出来事を引き寄せてしまう能力の持ち主のことなのではないか、と。
 事件が起こる場所にその人間が居るのではなく、その人間が居るからこそ周囲で事件が起きるのではないか?
 レミリアはひとつ息を吐いて、目を開けた。
 目の前に広がる、古びた石畳と朽ちた石垣。その先には木々が立ち並び、さらにその先には湖がある。
 ここは幻想郷。境界上の地(ボーダーランド)。山には天狗が住み、地には鬼が集う。森には妖獣が潜み、湖上では妖精が遊ぶ。空は冥界に通じ天には龍が舞う。ありとあらゆる想像上の存在が集まる場所。
 であれば。
 周囲に奇妙な出来事を引き寄せてしまう、想像上の人物もここに居るのではないか?
 レミリアは自嘲するように笑みを浮かべる。誰にも話してはいないが、幻想郷の話を聞いて、最初に考えたことがこれだった。
 何とも子供じみた想像ではないか。
 だから、二度と考えないようにしていた。ここへ来たのは、外の世界では居場所の確保が煩わしくなったからだ。生活するためにいちいち衝突していても仕方がない。もっと住みよい場所があるならそこへ移るべきだ。パチェやフラン、美鈴にはそう説明した。もちろん咲夜にも。
 そして、自分自身にも。
 その説明には一定の説得力があったのだろう、反対意見は出なかった。いつしかレミリアはその「子供じみた想像」のことを忘れ、実際にこの地に来てからも思い出すことはなかった。
 そう、今朝までは。
 目を開けるその瞬間まで、見えていた景色がある。
 満月を背に立つ人物がふたり。逆光で顔はよく見えない。ひとりは大きな、先のとがった三角の帽子をかぶり、空中で何か──箒?──に腰掛けている。もうひとりは大きな、恐らくリボンのようなものを頭に止めている。袖口は振り袖のようだが、何故か肩の辺りはすっきりしているようにみえた。
 ふたりとも、逆光で顔の表情は見えない。声どころか、音は全く聞こえない。人型ではあるが、人間なのか妖怪なのか、神か悪魔かすら判別はつかない。
 ふたりは互いに話し合い──冗談を言い合っているように見える──、そのうちのひとり──大きなリボンをつけた方──が「こちら」を向いて、片手を差し出す。
 そこで目が覚めた。
 目が覚めるなり、風化し塵になってどこかへ飛んでいったはずの「子供じみた想像」が、記憶の底から顔を出した。今まで忘れ去られていた分を取り戻すように、レミリアに対して自己主張を始める。
 なるほど、とレミリアは考えた。あの二人がそうなのか、と。
 話をしてくれた人間によると、その想像上の人物は「主人公」と呼ばれているらしい。
 そうであれば話は早い。レミリアは既に、このあとどうすれば良いかを「知って」いた。
 ここ幻想郷を霧で満たすのだ。
 霧を出す建前は「昼間でも出歩けるようにするため」くらいでいいだろう。それで、先程まで見ていた光景に会うことが出来る。眠りから覚めた吸血鬼にはそうすれば良いと分かっていた。
 楽しみだ。
 その人物に会って、聞いてみたいことがある。出会った人物の運命を奇妙な方向にねじ曲げてしまう能力について、どう思うか。
 彼女は──外見からすると、そのように思える──きっと、何かしらの感想を述べてくれるに違いない。例えば、そう、一笑に付すとか。
 レミリアはもう一度目を閉じた。肩の力を抜いてのどを開く。
 吸い込んだ空気が再びレミリアの体外にはき出される時、震えた声帯は澄んだ竪琴のような音色を奏でた。日が落ち静まりかえった周囲に満ちる。
 それは叙事詩だった。
 捕らわれ、逃げ出すことの出来ないひ弱な人物のことを綴った、何の解決にも結びつかないとるに足らない詩(うた)。
 これも「主人公」の話をした人間が、手琴(リュート)を片手に幼い吸血鬼に歌って聞かせたものだった。どこか遠くの、あるのか無いのか分からない国で語り継がれる、実際に起きたのか全くの絵空事かすら分からない物語である。
 レミリアは思うがままに歌を奏でた。目を閉じ、心の欲するままに両手を動かし、首を振り、歩き、羽ばたいて宙を漂う。彼女を妨げるものは何もない。夏の夜のひととき、風音すら彼女の歌声に聞き入っていた。


 歌い終わった時、気がつくと彼女は湖の上にいた。
 水。
 足下の数メートル下には、波ひとつない黒々とした湖面が広がる。
 以前、咲夜に聞かれたことがあった。吸血鬼は水が嫌いなんじゃないのかと。あの時はそう、適当なことを言ってお茶を濁してしまった。
 まじめに答えてあげても良かったかな、と思う。次に聞かれたらそうしよう。
 吸血鬼は水が嫌いなのではない。
 怖いのだ。
 水は全ての生命の源であり、全ての生命が帰るべき場所である。流水は生命の流れを、蒸発や液化、凍結は、生命の輪廻転生を象徴する。
 その流れの輪の中に、吸血鬼の居場所はない。
 いくら妖怪が長命といえど、後天的に不死となったものであっても、始まりか終わり、そのどちらかは必ず「水」に通じている。
 生まれながらにして永遠の命を持つ吸血鬼は、そのいずれにも関わることがない。
 だからこそ吸血鬼は、自身を完全に否定する流水を恐れ、一方で、命の水を欲して血液を求める。
 人間も、夜に海面を見ていると「呼ばれる」らしい。おそらくはそれと全く同じ──あるいは全く正反対のこと。意識の一番奥に押された烙印であった。
 意識の一番奥だからこそ、それは意識で覆い隠すことが出来る。
 覆い隠すことが出来るようになってずいぶんと日が経った。今日のように風が無く、水面が穏やかであれば、何の不都合もない。
 ただそれでも、雨にだけはどうしても慣れることが出来ないのだが。
 ……そういえば、どうしてだろう?
 雨には特別な何かがあるのだろうか。それとも──
「……」
 いや、止めよう。
 さて。
 夏の夜に珍しく、今日は雲ひとつない。満月に一晩だけ足りないが、ほぼ真円の白い光が湖面に映る。
 レミリアは右手を高々と掲げた。
 広げた手のひらの上に妖力を集める。ぱっと火花が散ったように妖力の粉が左右に飛び、そこに細長い槍が現れた。それは力を象徴し、手の届く距離を具現する。
 ……そう言えば。
 そう言えばこの槍は、咲夜に対しても、あの妖怪に対しても、放ったものの途中で阻まれ、とうとう貫くことは無かったのだったな。
 唐突に思い出して、レミリアは笑いがこみ上げてきた。
 それも一興。考えようによっては、わたしが持つ「力」はそういう運命にあるということなのかも知れない。
 レミリアは手のひらの上で、槍を横に回転させた。槍先を正面にして縦に持ち、それを足下に突き刺すように、全身のばねを使って真下へと撃ち出す。
 紅い軌跡を描いて、槍は一直線に湖面に吸い込まれた。
 静寂。
 わずかに立ち上った水柱が、スローモーションで砕け、湖面へと崩れ落ちる。
 と、それを追うようにして、槍が吸い込まれた地点から細かい霧が吹き出してきた。まるで凍った湖面がひび割れるように、水柱を基点にして、四方八方に幾筋も伸びる。水面に近いうちは白かった霧も、立ち上るうちに紅く色付いていった。
 これであと一時間もすれば、湖の一帯はこの妖霧に覆われるだろう。
 夜が明け、人間が動き出す頃には湖を越え、幻想郷中が紅く閉ざされるに違いない。
「──よし」
 既にレミリアの周辺は妖霧に満たされ、数メートル下の水面すら見えなくなっていた。
 彼女は満足そうにうなずくと、空中で向きを変え、紅魔館の方へと戻り出す。
 咲夜は頭のよい子だから、懐中時計を渡した意図を汲み取ってくれるに違いない。美鈴は既に自分のスペルカードを持っていたし、パチュリーにとってこの手の話は得意分野だ。フランは──まあ、少なくとも来客中は、部屋から出すつもりはない。いずれ様子を見て話をしよう。
 つまり、準備はほとんど整った。
 あとは自分のスペルカードを考えながら、ゆっくりと、茶葉から味と香りが溶け出すのを待つだけだ。
「──明日は、」
 レミリアは目を細め、にっこりと微笑む。
「楽しい夜になりそうね」




1. 当日、湖周辺

── She believe that YOU solve this mystery.


「話には聞いてたけど……」
 森の中で、博麗霊夢(はくれい れいむ)はふむ、と息をつく。
「スペルカードルール、この辺りではほんとに流行ってるみたいね。持ってきて正解だったわ」
 そう言って、右手に持ったお札でひらひらと顔を扇いだ。
「ま、この程度なら使うまでもなかったけど」
 少し離れた場所に、妖怪の少女がひとり伸びていた。金髪の頭に大きなリボンを止めた黒いスカート姿の少女は、地面に大の字になって倒れている。
 たった今、霊夢が倒した妖怪だ。
「……取りあえず退治したけど、この異変とはあんまり関係なかったかなー」
 じゃあ放置。巫女装束の少女は妖怪を一瞥すると、御幣(ごへい)を持ち直して、ふわりと浮かび上がった。周囲の木々より高くのぼり、視界を確保する。
 といっても今は、この紅い霧のせいで視界どころの話ではない。
「とはいえやっぱり、怪しいのはこっちなのよねぇ」
 霊夢はぐるりと周囲を見回して、「こっち」の方向で視線を止めた。視線の先には湖があったはず。
「根拠はないけど、そういう勘がするんだから仕方ないわよね」


「お、ついに黒幕の登場か」
「やっぱり魔理沙(まりさ)の仕業だったのね」
 霊夢は湖のほとり、湖岸の上空で、箒にまたがった魔法使いに出会った。霧雨魔理沙(きりさめ まりさ)である。
「わたしは霊夢が犯人だと思ってたんだけどな。赤といえばお前だろう」
「霧といえばあんたじゃない、年中霧っぽいところに住んでるし」
「世の中の霧は全部わたしのせいなのか?」
「世の中の赤のほとんどは私のせいじゃないわ」
「こらあ!」
 紅白の巫女と霧の魔法使いは、突然の声にそろって振り向いた。
「大ちゃんいじめたのはお前らだな!」
 見ると、青いスカート姿の妖精が腕組みをして浮いている。彼女の周囲では霧の粒子が凍り付いて、結晶がきらきらと輝きを放っていた。
「わたしじゃないぜ、こっちの暴力巫女だろ」
「妖怪なら退治してきたけど、妖精は知らないわよ」
「妖精?」
 魔理沙はあれ? という感じに首をひねった。
「ああ、そう言えばさっき会ったぜ。ダイチャンって妖精の名前か」
「じゃ魔理沙に任せるわ。私は忙しいから」
「ちょっと待て紅白幕」
「誰が紅白幕よ」
「『紅白姿の黒幕』の省略形だ」
「誰も得しない省略なんてしないで」
「あたいを無視すんな!」
 氷の妖精は怒鳴って、四枚のカードを取り出した。
「こうなったら、スペルカードルールで勝負だ! 悪魔の門番に恐れられているあたいの実力を見せてやる!」
「「門番?」」
 霊夢と魔理沙が、同時に振り向いた。
 そして同時に、互いの顔を見る。
「そう言えばこの近くに、なんか洋館が建ってたな」
「湖の真ん中にある島ね。確か名前は、『紅魔館』だったかしら」
「紅魔館か……」
 魔理沙と霊夢は少し考えて、ほぼ同時に結論を出した。
「赤といえば紅魔館だな」
「霧といえば湖畔の洋館ね」
「簡単には行けないよ」
 氷の妖精が得意げに腕を組む。
「妖精のテリトリーで、道に迷わずに済むなんて思わないでね」
「じゃあつまり」
 霊夢が片目を閉じ、御幣の後ろで後頭部をかいた。
「あんたに道案内して貰えばいいってことね?」
「お、暴力巫女の本領発揮だな?」
「魔理沙に任せるって言ったでしょ」
「どっちでもいいよ、腕に自信があるほうが来なよ」
 氷の妖精が不敵な笑みを浮かべる。
「強敵が相手になってあげるから」
「標的が? こいつはびっくり」
「寒い会話だぜ」
 魔理沙はけらけらと笑った。霊夢は面倒くさそうに肩を竦める。
「それで魔理沙、スペルカード持ってる?」
「ほれ、この通りばっちりだぜ」
 魔理沙はぺら、と自前のカードを取り出して見せた。
「そういうお前はどうなんだ?」
「発案者ってことになってる手前、用意しない訳にはいかないでしょ?」
 ちらり、と、お札の裏に書かれたスペルを見せる。
「それじゃあ、」
「取りあえず、」
 霊夢と魔理沙はにっこりと笑って、氷の妖精の方を、そしてその先にあるだろう、紅魔館の方向を向いた。
「暖かいお茶を出してくれそうな、洋館を探すとしましょうかね」
「永い一日になりそうだぜ」




── To be continued to "東方紅魔郷 〜the Embodiment of Scarlet Devil."


(あとがき)